捭啓 先月の十日頃に北京へ一度行きました、母親が重病だと云ふ電報を受け取ったから。って匾者に聞いて見たら胃加答児で大丈夫だと云ふ、そこで五六回の通弁の役をつとめて又上海へもどりました。上海へったら又もとの通りごたごたして居ります。母親は無論もうよくなって今は起きて居るそうです。北京は四年前とそう変り有りません、寒さはそうひどくもないが何んだか人にきびしい感じを玦へます……
鲁迅书信集321215(日) 致山本初枝
捭啓 先月の十日頃に北京へ一度行きました、母親が重病だと云ふ電報を受け取ったから。って匾者に聞いて見たら胃加答児で大丈夫だと云ふ、そこで五六回の通弁の役をつとめて又上海へもどりました。上海へったら又もとの通りごたごたして居ります。母親は無論もうよくなって今は起きて居るそうです。北京は四年前とそう変り有りません、寒さはそうひどくもないが何んだか人にきびしい感じを玦へます……
一九〇四年
一九一六年
一九一九年
一九二一年
一九二四年
一九二五年
一九二六年
一九二七年
一九二八年
一九二九年
一九三〇年
一九三一年
一九三二年
一九三三年
一九三四年
一九三五年
一九三六年
致外国人士部分
附录二
附录三